avenge

13-2.


 ──時はしばらく遡って、町を出てからわずか数日後の昼下がり。
 新たな町の宿の部屋で、町に置いてこなかった分の不正書類を引っ張り出したエーミールは、それらをぱらぱらと興味なさそうにめくった後、不意に両手で引き裂いた。
「!!? おい、どうした!? それ、要るもんじゃなかったのか!?」
 ベッドの上でぼんやりと眺めていたヤンは、驚いて飛び起きる。
「……いや、何かもう、どれをどう使ってどうしてやろうか考えるのがめんどくさくなってきた。そんなことするぐらいだったら何か新しいことしたいし、君と話したいし、色々見て回りたいよ。もうこんなのどうでもいい、持ってかれただけで相当不便してるし不安になってるに違いないんだから」
 びりびりとためらいもなく帳簿を引きちぎりながらエーミールは言う。
「もういい。もう忘れることにした。あんなやつ、覚えておく心のスペースが勿体ない」
 彼は全ての書類をかなり細かくちぎり終えると、はー、と大きく息を吐いた。
「……燃やそうか、川に流そうか。ああ、崖から撒いちゃってもいいな、この町から少し行ったらいい感じに切り立ったのがあるはずだし」
「……」
 呆気にとられて見守っていたヤンは、ふと、腹の底から笑いが込み上げてくるのを感じた。くつくつ笑いながら呟く。
「……そうだよな。お前だってそんなの、いつまでも持ってたくないよな。そんな重い荷物、捨てられるなら捨てればいいんだ」
 ひどく安心している自分に気づいた。……決してそのことをエーミール自身に告げる気はなかったが、これから彼が神父に苛烈な復讐をするのかと思うと、やはり気になって仕方なかったのだ。
「うん。……僕の『これから先』に、こんなものはいらないよ。でもここにまとめて捨てていくわけにもいかないから、どこかで適当に始末しよう。それぐらいは我慢して持っておくことにする」
 エーミールも笑って、余っていた紙袋に紙片を詰め込んだ。
「……ねえ、ヤン。さっきから考えていたんだけど、そのうち二人で、新しく仕事を始めない? 僕と君だったら結構色々できると思うんだ、ちょっとしたトラブルの解決とか」
 その紙袋を再度鞄に押し込みながら、言う。
「……? いいけど、急にどうしたんだ」
「大したことじゃないんだけどね。……少し蓄えがあるとはいえ今度は住む家がないんだ、これからは結構お金がかかるよ。かといって君と別々で働くのは怖い、君は騙されやすそうだから」
「……いや、否定はしないけどな」
 ヤンは思わず苦笑した。……考えてみれば結局、二つ目の仕事も罠だったわけだ。なるほど、ますます否定できない。
「だから、だったら二人で仕事をして、交渉ごとは全部僕がやることにすればいいかなって思ってたんだ。……どう? 安心じゃない?」
「そうだなあ。……お前に騙される心配がなければな」
 真顔で言うと、エーミールは年相応の顔で口をとがらせる。
「えっ、ちょっと、ひどいな。僕はもう君に嘘なんかつかないよ」
「ははっ」
 冗談だよ、と告げてヤンは笑う。「もう」と頬を膨らませ、ヤンを軽く叩く真似をしてから、エーミールも笑った。
「……うん、君といればきっと、何が起きても大丈夫だ。──二人で一緒に、生きていこう」
「ああ」
 ……かくして翼ある蛇と、長らく復讐者だった少年は、二人の新たなる道を歩き始めた。