avenge

3-2.


 頭がひどくぼんやりとしていた。うとうとと眠りながら夜が来て、昼が来て、また夜が来た。
 少し腹が空いたので、すぐ近くにあった鳥の巣から、雛を二羽ほど丸呑みにした。既に成鳥の羽が生え揃いかけていて喉がくすぐったかった。十分すぎるほど警戒はしていたのに結局子供を失った親鳥が猛然と攻撃してきたが、目さえ閉じていればほとんど感じなかった。
 何もかもがどうでもよかった。枝に体の重みを預けて、吹き渡っていく風の音ばかり聞いていた。
 それからまた何度か、昼と夜が過ぎた気がする。
 ……ふと気づくと、脱ぎ終えたばかりの自分の皮の上に、人の姿で座っていた。
「……」
 何度か瞬きをする。どこにいるのか咄嗟に思い出せなかった。尻に敷いている抜け殻には今まで見たことのない薄黒い斑点がいくつかあって、気色悪いな、と思いながらつついてみる。その部分だけひどく脆くなっていて、ぼろぼろと崩れた。
 ゆっくりと首を巡らせる。朝方らしい。薄もやの残る空気を透かして、そのだいぶ向こうに煉瓦色の、何となく見覚えのある気がする町が見えていた。
 ここに来てから、覚えているだけで五回ほど夜を迎えている。眠り続けるにもほどがある。どこか異常があるのではないかとぺたぺた全身を触ってみるが、少し湿ってひんやりしているだけだった。
 ──そこでふと、思い出した。
 まだふるさとにいた頃、幼馴染みが大きな怪我を負ったことがあった。見舞いに行ったが何日もずっと身体を丸めて眠っていて、自分は心配になったが大人たちは当たり前のように最低限の世話だけをしていた。そして十日ほどして、幼馴染みは何事もなかったように起きてきた。そのあとは何の不自由もなさそうに当たり前の暮らしをしていた。……あれはもしかすると、平常のサイクルとは違う脱皮をして回復していたということではなかったか。
 今まで自分がそうなったことはなかったので気づかなかったが、自分たちの体はそういう風になっているのかもしれない。現にもう、体のどこにも特に異常を感じない。
 では心は、といえば──
「…………ちっ」
 残念ながらあの島でのことはきちんと覚えている。ものすごく不機嫌な顔になったと思う。だが逆に言えば、その程度で済んだ。体が皮を一枚脱いだのと逆に、心は一枚余分に、記憶に分厚いベールをかけたようだった。
 もう大丈夫、傷は塞がった。戦える。
 そう思って、自分の思考に首を傾げる。
 戦える? ……何と? 何の話だ?
 少し考え込んだ。その言葉は一体どこから出てきたのか。
 そして、
「……あ!」
 周辺で警戒の声を上げていた鳥たちが一斉に飛び立ったが、それどころではなかった。そうだ、エーミールがそう口にしていたのだ。眠る前のことをやっと思い出した。
 大変だ、彼を置いてきてしまった。別れ際のことはあまりまともに覚えていないが、あの状況では当然、別れの挨拶も、次の約束もなく逃げ出してきたはずだ。
「……って……え、いやいやいや、待て待て待て……」
 指を折って確認する。覚えている夜が五回。夜の間じゅう眠っていたこともあるとすれば、もっと日が経っていることになる。
 彼と最初に会ってから二度目、少し日が空いて訪問したときのことを思い出した。遅いと怒られた。待っていたのにと。
 ……ではあんな別れ方をして、これほどの時間ほったらかしてしまって。
 合わせる顔がどこにある……!?
 真っ青になり、呆然としたが、それでも枝を蹴り、飛び立った。
 急いで彼のところに行かなければ。
 許してくれるかどうかはわからないが、せめて謝らなければ。