avenge

7-4.


 ヤンが見よう見まね、有り合わせで何とか用意した夕食を囲んで、二人で席につく。夜になると気温が下がり、数日前から暖炉にも火を入れているので、テーブルを少しそこから離してあった。
 形は揃っていないが火だけはしっかり通っている根菜を、エーミールはフォークで崩して口に運ぶ。
「うん、美味しい」
「……本当か?」
 自分で何度も味見をしておきながら半信半疑だ。……と言うよりは、味見のしすぎで途中でよくわからなくなってきたというのが正しいのだが。
「うん。温かい味がする」
「……」
 エーミールをじっと見たまま、自分でも掬って口に入れる。咀嚼する。飲み込む。……正直なところ、そうだろうと思った、という味だった。
「……素直に薄いって言え……というか塩壺持ってくるから自分で足してくれ……」
「あははは」
 エーミールはやや力ない笑みを浮かべた。
「でも一度も教えたことないのに、すごいと思うよ。母さんの分はむしろ薄味の方がいいぐらいだし、いいところで味付けをやめたと思う」
「毎日最低二回も見てるんだから、もうちょっとできてもいいと思ったんだよなー……」
 ぶつぶつ言いながらヤンは塩の容器を取りに行く。
「ヤンは理想が高いな。僕だって最初のうちは失敗ばっかりだったよ」
 エーミールはくすくす笑った。またひと匙を口に運び、目を閉じる。
「でも本当に……温かい味なんだ。うまく言えないけど。ああ、ヤンだな、って感じがする」
「……ならいいんだけどな」
 しばらくお互いに無言で、名前のない煮込み料理をつつく。
 エーファの分は先ほど、一口をできるだけ小さく、というアドバイスを受けてヤンが食べさせてきた。多分うまくできたのではないかと思う。味はともかくとしてだが。
 ……そうしておおかた皿が空になったところで、エーミールが口を開いた。
「あのね……明日、僕も森に行きたいんだ。でも教会に行くのは休めないから、もし早く起きたら先に行っててくれない?」
「……大丈夫なのか?」
 自分でも、これだと何に対する確認なのか伝わらないかな、とは思った。
「母さん? モーリッツお爺ちゃんに頼んでいくから大丈夫。……多分ね」
 案の定、ずれた答えが返ってくる。
「いや、そうじゃなくてお前が」
「……僕?」
 少し視線を落としたまま、エーミールは首をかしげる。
「大丈夫、ひとりで行けるよ。入り口か、人がいたら例の木の近くで待っててくれたらいい」
「……ならいいんだけどな、わかった」
 そこから話を逸らしているのが故意なのか無自覚なのかはわからないが、多分どう聞いたところでエーミールは自分自身の調子については答えないような気がした。あまりしつこくはするまい、と引き下がる。
「後片付けもやるから寝る準備しろよ。これ以上無理すんな」
「そういうけど僕、今日はほとんど一日じっとしてたんだけど……」
 文句を言うので、軽く頭をはたく真似をした。
「あっ、わかった、わかったから、ごめん」
 困ったように笑いながら、エーミールがその手から逃げる。立ち上がって皿を手にしたので、いいから置いてけ、と目で示した。
 エーミールは一瞬戸惑った後大人しく皿を置いて、呟いた。
「……ありがとう。すごく助かってるよ」
「お前が今までしてくれてきたことだろ。礼を言うなら俺の方だよ、ありがとう」
 本当にそう思ったのだが、それを耳にしたエーミールの瞳がひどく頼りなく揺れたのが見えた。引き留めるか、と迷った瞬間、エーミールは洗面台に繋がるドアに歩き出していた。
「……。それじゃ、歯磨いてそのまま寝るよ。お休み……」
 伸ばしかけた手を、気づかれないよう引っ込める。
「……おう、せめて休めよ」
 これでよかったのだろうかと悩みながら後片付けをした。洗面台やシャワールームがある方からはしばらく水音が聞こえていたが、やがて静かになった。
 初めて自分より先に完全に寝静まった家の中の明かりを消しながら、二階へと上がる。何と心許ないことだろう、と思いながら目を閉じた。