avenge

9-2.


 日中いっぱい救貧院の子供たちと駆け回って遊び、夕刻になってヤンは神父の屋敷に戻った。使用人用の通用門から入る。
 教会と屋敷と救貧院は一応区切れているとはいえ、ほとんど一つの敷地の中での移動のようなものだ。汗が引く間もなかったので、入るなり鉢合わせた家政婦が顔をしかめて風呂場を指さした。おとなしくそれに従って汗を流し、ヤンは着替えると与えられた部屋に戻る。
 部屋の前では神父が待っていた。明るい表情だ。
「いい知らせだ、ヤン。今朝、エーミールが目を覚ましたよ」
「! 本当か! ……ですか!」
 喜びに目を見開く。神父はヤンのなじまない敬語を気にせず頷いた。
「アントンももう安心だと言っていた。……とはいえまだ立ち歩けるほど元気ではないようなので、今日のところは部屋のベッドでおとなしくさせている。君にも明日か明後日には会わせてやれるはずだ」
「よかった……!」
 安堵のあまり若干涙ぐむ。神父は微笑ましげに目を細めた。
「ふふ、君たちは本当にいい友人同士なのだな。さしあたって明日、様子を見てから知らせよう。……頼んだ仕事も、どうやら楽しんでくれているようだね。子供たちも嬉しそうにしていたよ」
「あ、うん、すげえ楽しいです。俺、自分がこんなに子供好きなの知らなかった」
 ヤンは先ほどまで一緒に遊んでいた子供たちを思い出して、笑う。一緒に遊んでいたのは十歳前後の子たちだった。親を亡くしたり、家庭では育てる余裕がなくなった子供たちだ。最初はつまらなさそうな顔をしていたが、遊び始めると割合に年が近いせいか、あっという間に打ち解けてくれた。
「そうか。……わたしが行っても、子供たちは気が引けるのかあんな風には笑ってくれないのだが。少し妬ましいな」
 神父は苦笑する。
「とはいえ、毎日子供たちと遊んでいてもらうわけにもいかない。明日は学校に届け物をして欲しいと思っている。今日の用ほど時間はかからないと思うので、まあ明日会えるかはエーミールの容態次第だな」
「……頑張ります! そうかー。エーミール、明日はもっとよくなってるといいな」
「ああ。わたしもそれを願っているよ。……ではまた明日」
「はい!」
 神父が立ち去って、ヤンは部屋に入った。質素ながら使用人用の食事が出るし、既に食堂に行けば食べられる時間だと思うのだが、今は何だか味がわからなさそうだった。ベッドに飛び乗ってごろごろと転げる。
(よかった……!)
 自分だけで看病していたら無事に治してやれたかどうか、と思うと、あのとき神父が訪れたのは文字通り天の助けだったのだと思う。彼らとヤンでは信じる神もそのかたちも違うが、その感覚はわかる。思いも寄らない幸運、ということだ。
 エーミールに会えたら何を言おう。伝えなければならないことがたくさんある。返さなくてはならないものも。ここに来るとき自分で家から持ち出したのは例の帆布の鞄だけだが、その中にはまだエーミールから預かった金も、エーファの薬も入っていた。ルドルフのナイフは扱いに困ったので、既に神父に返したが。
 そういえばあと何が入っていたか、と考えてふと思い出し、鞄に手を突っ込んだ。
(これは結局何なんだろうな……)
 薄紫に錆びたメダルつきの手帳を引っ張り出す。栗を採りに行った日に拾ったものだ。夢中で栗拾いをしたら忘れてしまい、その後も出しそびれたままずっと持っていた。もっともエーミールに聞いたところで、これが何なのかを知っているとは限らないのだが。
(……でもまあ、これのことはもっと後でいいか)
 今はやっと少し気持ちが落ち着いてきたが、実際会えたら嬉しくて、そんな話をする余裕はきっとないだろう。
 手帳を再び鞄に滑り込ませる。身体を起こして、食堂に向かうことにした。